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退職後も夢を描き、向学心を忘れずに学び直す。
人生100年時代に、指標となるロールモデルとは。

立教セカンドステージ大学同窓 会長 白井 誠一

掲載日2018年09月14日

セカンドステージ大学での学び直し、そして山梨県での地域活性化支援。退職後も前向きに、そして生き生きと毎日を暮らす、人生の先輩の体験談を通して、“今”を生きるヒントを探る。

「団塊の世代」を中心に広がる
学習意欲や自己啓発意識の高まり

「人生100年時代を迎え、現役時代、そしてリタイアをしてからをどう生きるか、それを若いうちからしっかりと考えることはとても大切なことだと思います」。
そう語るのは「立教セカンドステージ大学」の一期生である白井誠一さん。

1947年から1949年にかけて生まれたいわゆる「団塊の世代」が、2007年から2010年の間に一斉に退職を迎えることを受け、熟練労働力の低下や高度な技術力・ノウハウ・経験の継承問題、退職金の増額による企業体力の低下などのさまざまな想定される課題を、当時は「2007年問題」としてニュースなどでもたびたび取り上げられていた。

一方で、この「団塊の世代」は学習意欲や自己啓発意識が他の世代に比べて高く、退職後の地域貢献活動やボランティア活動に対する意欲も高いといった調査結果がある。
このことから、2006年には、国として「再チャレンジ推進会議」の中間とりまとめがなされるなど、「団塊の世代」がこれまで培った経験や技術、知識を活かして、地域社会で活躍することに大きな期待が寄せられている。

だが、大多数の人たちは「いくら参加願望や興味があっても、どのようにして、どこからスタートすればいいのか」その端緒すらつかめないでいるのが現状であったと考えられる。これまでの人生を、そのような活動や領域とはまったく異なる世界で過ごしてきたのだから、当然といえば当然である。

そのような社会的背景のなかで、「『団塊の世代』を中心とするシニア層の生涯学習支援は、単に個人の知的好奇心を満足させるだけでなく、学び直しの機会が新しい社会参加と生き方の提案となるものでなければならない」という考えのもと、東京都豊島区にキャンパスを持つ立教大学は、2008年4月にシニア層のための学び直しと再チャレンジのサポートを目的とした『立教セカンドステージ大学』を発足させた。

起業の種と人的ネットワークを求めて
立教セカンドステージ大学に入学

立教大学社会学部の卒業生である白井さんは今年70歳を迎えた。

「私が学生の頃はちょうど学生運動のまっただ中で、立教大学でも学校が閉鎖されるなど、大変な時代だったのですが、そのなかでも、充実した学生生活を送ることができました」(白井さん)

白井さんは大学卒業後、大手製菓メーカーに入社し、医薬品の営業を経て、人事管理部門の仕事を行ってきた。

「製菓メーカーを60歳の定年まで勤め上げ、定年後は何か起業をしようと考えていたのですが、そんなとき私のもとに一通の封書が届いたんです。それが『立教セカンドステージ大学』開校に向けたアンケートだったんですね。アンケートに回答したことがきっかけで入学を薦められ、『それはいい、起業の種や人的ネットワークを探しに行こう』とすぐに入学を決めたんです」(白井さん)

入学希望者は多数であったが、白井さんは入学試験に合格し、2008年に晴れて『立教セカンドステージ大学』一期生となり、退職するまでの数か月間ではあったが会社に勤務しながら通う日々を過ごした。このように、会社に勤務しながら通うというケースは、白井さんの会社では第1号となり、後に続く人たちのモデルケースとなった。

「大学にはコミュニティデザインやセカンドステージ設計など、さまざまな科目がありましたが、当時私はNPOの活動に非常に興味があったので、NPOに関するゼミを選択しました(注:現在は大学側でゼミ配属を決めている)。ユニークで興味深い講義を受講することができ、在校した1年間は非常に有意義で充実した日々を送ることができたと思います」(白井さん)

大学時代の仲間からの誘いで
限界集落の地域活性化に取り組む

「山梨県上野原市にある西原地区の地域活性化に力を貸してくれないか」。2009年、立教セカンドステージ大学を修了して間もない白井さんに、ある日ゼミの仲間から声がかけられた。

この上野原市西原地区とは、東京都との県境にある標高600mの自然豊かな農山村だが、1960年代には約2500人あった人口が現在は576人、65歳以上の人口が約50%を占めている。また地区内に中・高等学校はなく、唯一残っていた小学校は2018年度一杯で廃校となるいわゆる“限界集落”である。

「退職後に起業してみたい、新しいことにチャレンジしてみたいと思っていた私にとって、これは願ってもない誘いでした。上野原市西原地区に地縁血縁はありませんでしたが、まさに『立教セカンドステージ大学』が紡いだ縁で、西原地区で地域活性化のお手伝いをすることにしたのです」(白井さん)

その後白井さんは、西原地区のためにさまざまな活動を行った。主な取り組みは以下の通りである。

●西原地区の観光拠点であり、都市に暮らす人々との交流の場でもある『羽置の里 びりゅう館 (はおきのさと びりゅうかん)』の再建

●『NPO法人さいはら』を設立し、味噌やジャムなどの地元特産品の開発・製造・販売を実施

●高齢者支援サービスを提供する『小さな拠点』の創設

●上野原市からの要請による移住定住促進事業、地方創生加速化事業の推進

「気がつけば約8年間にわたって上野原市西原地区の地域活性化活動に携わってきました。これだけ長く続けてこられたのは、やはり地域の人たちとの交流が深まるにつれて、日々の活動が楽しく、やりがいに満ちていたからにほかなりません。しかし、住まいと西原地区は片道約3時間もかかり、年齢的に厳しくなってきたこと、そして地元の住民や移住者の方々自身の活動が本格化してきたことで、私は一定の役割を果たしたという想いもあり、2015年に活動から退くことにしました」(白井さん)

上野原市西原地区での活動風景

どんな仕事でも一生懸命やることで
将来必ず自分の身を助けてくれる

その後の白井さんは、奥様とゆっくりと毎日を過ごしている……というわけにはいかず、西原地区での活動実績が名声を博し、NPO法人さいはらを退職してすぐに地元である七里ガ浜二丁目自治会から請われ、自治会長に就任することとなった。そして現在も開校10周年を迎えた『立教セカンドステージ大学同窓会』の会長、『NPO法人 シニアの再チャレンジを支援する会』の副理事長をはじめ、さまざまな肩書きを持って活動に携わっている。

齢70歳にして、リタイアしてからも率先して学び、毎日を前向きに、アグレシッブに過ごす白井さんの姿は、我々にとっても大いに参考になり、目標となるロールモデルであろう。

最後にそんな白井さんにSmart Join Styleを生きる現役世代に向けてのアドバイスを聞いた。

「仕事は人を育ててくれます。時には失敗し、挫折することもあるでしょうが、どんな仕事でもしっかりと、一所懸命取り組めば、年をとってから必ず自身を助けてくれることでしょう。今のうちに学べることは学び、ノウハウとスキルを身につけておくことが何よりも大切だと思います」(白井さん)

白井 誠一

新潟県新潟市出身。立教大学社会学部産業関係学科卒業。学生時代は社会・産業心理学のゼミに所属。会社では薬品営業や人事管理部門に従事。退職後立教セカンドステージ大学に入学。NPOやコミュニティビジネスについて学ぶ。卒業と同時に山梨県上野原市の標高600メートルにある限界集落で、NPOを創設するなど8年間地元住民と共に地域活性化に取り組む。現在は、今までの地域活動の経験を活かし、住まいがある鎌倉市で自治会長として、また、創立10周年を迎えた立教セカンドステージ大学同窓会会長として活動している。

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