shape
  • interview
  • 東北復興サポート

プロボノ活動を通じて生まれた東北の人々との縁。
その縁を活かして、日々を楽しみ、自身の世界を広げる。

SCSK株式会社    村里 勇毅

  

掲載日2019年03月15日

仕事に、プロボノ活動に、そして狩猟に。「毎日がめちゃくちゃ楽しいんです」と語る姿から見つかる、生き生きと働き、暮らすロールモデルとは。

ITサービス企業であるSCSK株式会社が行う
プロボノ活動『ちょこサポ(SCSKちょこっとサポート)』

「先日、神奈川県の丹沢山地で70kgはある大きな牡鹿を獲ったんですが、そのときケガをしてしまいました。まだまだ未熟者です(笑)」

今回紹介する村里さんは、終業後に取材場所に駆けつけ、そう笑顔で語りながら席に着いた。

村里さんは、東京都江東区に本社を置くSCSK株式会社に勤務している。このSCSKは、「夢ある未来を、共に創る」を経営理念に掲げ、情報通信に関わる業務をトータルで担うITサービス企業だ。

SCSKでは、“ITサービスの提供を通じて社会課題の解決に貢献し、企業価値向上と持続可能な社会の実現”を目指して社会貢献や社員の働き方改革にも力を注いでいる。2019年1月には副業・兼業制度(制度呼称:「スマートワーク・プラス」)の導入も始めた。これまでの知識や経験に加えて、普段の業務では得られない広い知見の獲得や新たな人脈の形成をはかることで、SCSKでのイノベーション創出や新規ビジネスなどの新たな価値創造につなげることを目指すものだ。

「副業とは異なりますが、私自身も業務外でいくつかの活動に参加してきました。そのなかの1つに『ちょこサポ』があります」(村里さん)

この『ちょこサポ(SCSKちょこっとサポート)』とは、SCSKの社員がIT関連のスキルを活用して社会起業家やNPOをサポートするプロボノ活動のこと。NPO法人二枚目の名刺などと連携して2014年から2017年の間に東北エリアを中心にさまざまなサポートプロジェクトを実施してきた。

『ちょこサポ』を通じて、東北でのプロボノ活動に。
3回目の活動で出会った「はまのね」の人々。

「私も『ちょこサポ』を通じて、これまでに3つのサポートプロジェクトに参加しました」(村里さん)

福岡県出身の村里さんは、大学を卒業後SCSKに入社(入社当時は株式会社CSK)。勤続13年目の現在は、プロジェクトマネージャーとして流通業のシステム運用に従事している。

「小さい頃から好奇心旺盛でいろんなことに挑戦してきましたが、SCSKに入社するまではボランティアやプロボノ活動の経験はほとんどありませんでした。そんな私が『ちょこサポ』で最初に東北に行ったときは、東日本大震災から3年が経過していたにも関わらず、現地はまだまだひどい状況でした。自分のなかでは震災はどこかで過去のものになってしまっていたので、大きな衝撃を受けました。同時に現地で活動している方々と触れ合うことで、アツいエネルギーをもらうことができましたね」(村里さん)

村里さんは、2015年に足こぎ車いすの開発・製造・販売を行う企業、そして復興飲食店街のサポートプロジェクトに続けざまに参加したが「3回目の『ちょこサポ』への参加は見送ろうと思っていた」という。

「私、こう見えて二児の父なんですよ(笑)。当時は、ちょうど忙しい時期だったんです。ところが、懇意にしていた方から『おもしろい施設があるから絶対来てください!』と誘われて参加したのが、『ちょこサポ』の支援プロジェクトの1つであった『一般社団法人はまのね』での活動だったのです」(村里さん)

この「はまのね」は、震災の津波で壊滅的な被害を受けた、石巻市牡鹿半島にある蛤浜の復興を目指し、カフェ『はまぐり堂』の運営やマリンアクティビティ、バーベキューなどの自然体験プログラムを実施している。

カフェ『はまぐり堂』から蛤浜を望む

「2017年の2月から6月までの活動期間で、ウェブサイトのリニューアルや自然体験プログラムの予約業務の効率化に取り組みました。実はほかにも鹿などの動物による鳥獣被害を防ぐために“ITで狩猟をサポートする”というプロジェクトプランがあったのですが、これは実現できなかったんです。でも、どうしても気になって『ちょこサポ』が終わった後に自分で狩猟免許を取ってしまいました(笑)」(村里さん)

狩猟免許の取得についての相談や、狩猟方法を教えてもらうために「はまのね」に通っているうちに、少しずつ「はまのね」の人々、牡鹿半島の人々との親交が深まり、今では狩猟に関することだけでなく、『ちょこサポ』の延長線上にあるプロボノ活動も始めているという。

『一般社団法人はまのね』のスタッフと

東京で暮らしながら活動を続けることで
東北で実現できること、東北に還元できることがある

「振り返ると最初の頃の自分は“東北にわざわざ来てくれた東京のお客さま”だった気がします。「はまのね」で活動を続けるうちに『それではダメなんだ。東北の人たちと同じ視点に立って肩を並べて活動したい』と思うようになりました。そこから自分のなかで何かが変わりましたね。気がつくともう10回以上手弁当で通っています」(村里さん)

村里さんに「移住は考えないんですか?」と問いかけると「東京で暮らしているからこそ実現できること、還元できることがあると思うんです」という答えが返ってきた。

「SCSKってすごくいい会社なんですよ。私は“SCSKの社員である自分”が東北で活動することに価値があると思うんです。自分のスキルを活かして、東京と東北をつなぐことで、新しいことや、喜んでくれる人がたくさん生まれることがうれしいですね」(村里さん)


東北の山で、海で、活動を続ける村里さん

今後は「はまのね」と二人三脚で東北の林業、漁業、そして狩猟のビジネス化を目指していくという。

「今は狩猟にはまっているので、とりあえず関東ナンバーワン猟師になります(笑)。鳥獣被害は東北だけでなく全国で大きな社会問題となっているので、それを解決する活動をしていきたいですね。あとは、山に続いて海も知りたい欲求が湧いてきているので、夏に向けてアマチュアの最高資格であるダイブマスターの取得を目指しています」(村里さん)

「とにかく、今、めちゃくちゃ楽しい。
この楽しさを一人でも多くの人に知ってもらいたいんです」

村里さんは「皆さんは毎日が充実していますか?」と問いかける。

「『私は充実していないな』と思う人がいたら、まずそれを自身で自覚したうえで、最初の一歩を踏み出して欲しいと思うんです。そして私はそんな人たちのために一歩を踏み出す機会やタイミングを創っていきたいですね」(村里さん)

『ちょこサポ』の活動で生まれた、東北、そして「はまのね」との縁。村里さんはその活動を通して「大きく視野が広がった」と語る。

「私は十数年SCSKで仕事をしてきましたが『ちょこサポ』がきっかけでこれまでの仕事のやり方や企業風土が“当たり前”ではないことに気付いたんです。その瞬間に一気に自分の世界が膨れ上がりました。ここ3〜4年で自分のなかで大きな変化があったと感じています」(村里さん)

時には堰を切ったように、また時にはしばらく考え込み、ゆっくりと言葉を選びながらインタビューに答える村里さんには、どこか不思議な魅力が感じられる。

「時おり『東北でがんばっているみたいだね。役に立っててすごいね』と言われることもあるんですが、そういう実感はなくて。とにかく、今、私自身すごくシアワセなんですよ。めちゃくちゃ楽しい。この楽しさを一人でも多くの人に知ってもらい、体験して欲しいんです。そして誰かを私と同じくらいシアワセにしたいんです(笑)」

将来的には「はまのね」の拠点を東京につくりたいという村里さんの取り組みに今後も注目したい。

村里 勇毅

福岡県出身。学生時代は知能情報学を専攻しITの基礎を身に着ける。現在SCSK株式会社にてITマネジメント業務に従事している。2014年、初の東北訪問で震災の傷跡を目の当たりにしたことをきっかけに東北でのプロボノ活動をはじめる。16年に『一般社団法人はまのね』の亀山代表と出会い、活動拠点を蛤浜に移す。鳥獣被害の深刻さに直面し、同年、狩猟免許を取得。活動に「猟師」のエッセンスが加わる。その他、出身大学の支援として卒業生の会(JPRO)会長を務める傍ら、海洋資源の活用を視野に入れPADIダイブマスターを目指す。好きな色は「赤」、好きな言葉は「有言実行」。

returnTOPButton
smartJoinStyle_sidebar